1月下旬に普段使いのMacが壊れて以来、次代のMacがやってくるまでの間、文字どうりデジタルデトックス(軽め)をすることとなった。
自宅でネットワークにアクセスできる端末はスマートフォンとタブレットしかなく、スマートフォンの小さい画面で作業を行うには全く向いていなかったので、タブレットにキーボードをさして使用することにした。
用途は基本的には調べ物のためのネットサーフィンかYouTubeの視聴である。3DモデリングやUnityを使用するにはちょと無理があるためだ。最小限でメモアプリを使おうとも思ったが、画面のスクロールや決定ボタンで指を使うために結構面倒くさくて断念した。
僕はいつもの席に座ってノートとペンを取り出した。これまでも多少は使ってはいたけれど、おおまかに1日にすることや簡単なメモ程度で、パソコンでBlogを書くほどは書いてはいない。ただ今回は代替品として使用しなければいけない。
とほほ。
机に向かって考えをまとめたり、予定や計画を立てたり、あるいは現状分析などペンで記していく。
スラスラスラ・・・。
そして数行書いて気づいたことがあった。
字が汚くて読みづらい。
大きさが安定していないし、ところどころ端折ったり、あらぬ角度に捻じ曲がったりしている。これでは読み直すことに時間がかかるし、見ている時にだんだんイライラしてくる。自分が書いたとは文字とはいえひどい有様だ。
これは文章構成というよりも図形やレイアウトのカテゴリーだ。早速、僕は文字のバランスや、文章の並びを意識するようにした。こういう文字を書きたいという意識(イメージ)がないと途端に粗雑になってしまう。そしてイメージを保ち続けることがなかなかに難しい。タイピングする場合とは違って、ある程度の分量の文章を先に考えておくために、アイディアを書き留めて、それらをまとめて書き上げる。間違うと消さないといけないという面倒もつき纏ってくる。アナログのメモ帳にDeleteキーはないのだ。
ある程度の時間、文章を続けていると脳が効率化を行い始める。だんたんと速度が出てくる。どういう文章を書けば今考えている思考をまとめられるかなど思考が効率化していく。
ただ、SNSを見ながら書いたりしていると、何を考えていたのか忘れてしまったりする。これはモニターを向いて打鍵していた時と変わらない。しかし、いちいちスマホを開いて小さな文字を見るのも疲れるし、そこまでの過程が煩わしく感じてしまって、だんだんと見なくなってしまった。
発見もあった。
ある程度の固まった時間、一つのことを考えていくと、さほど時間を要さずに答えにたどり着くことがままあった。それに人間の悩みというものは人にもよると思うけれど限界が存在しているためだ。悩みや問題の最後には今日の夕飯何食べようくらい軽いものになってくる。
こうしてMacの故障に端を発してデジタルデトックスをすることになった僕は、不便さと引き換えに知見を得ることができた。
僕は席を立って窓を開け大きく息を吸った。少し寒くはあったものの青々とした空を見るのは心地よかった。
早く新しいMacがこないかな。
ネットから離れていたので気づかなかったが、ちょうど翌日から豪雪が数日続く予報が出ていることを後から知った。



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