テニス肘だね

Essay

だいぶ前の話だがテニス肘になったことがある。
それはある日突然やってきた。
早朝、違和感を覚えて腕を見ると、右肘の部分に蚊に刺されたあとのように、赤いポッチができていた。
痒みはない。その代わりにものすごく痛みがあった。しかもピリピリとして持続している。蚊の方が数段マシなくらいだ。

イダダダダッ!!!

ポッチの輪郭がどんどんはっきりしていくのに比例して痛みも増していっている。
その時点で僕にテニス肘に関する知識は全くなく、突然現れた身体の異変に不安に襲われながらも、朝の早い時間に近くの整形外科の予約を取り、足早にその病院に向かった。

ベットタウンの中にポツンとあった整形外科は閑散としていて、待合室には一人の腰を曲げた老人が座っていた。受付の女性も珍しく客来たといった感じで、どこかぞんざいな印象を受ける。名前と保険証を出して振り返ると、さっきの老人はいなくなっていた。

本能的に大丈夫かここ?という不安がよぎる。

そう時間はかからず名前を呼ばれた。目の前に座る整形外科の先生はどこかよれた白衣に身を包んでいて大学の研究員を思わせる。僕は指示されるがままに対面の丸椅子にすわった。

先生はさっそく患部を診るなり「レントゲンを撮りましょう」といった。
それから撮影したレントゲン写真を数秒眺めたあと、「胃薬出しておくんでしばらく様子見ておいてください」といわれた。

(胃薬? なんで?)

僕が聞きたかったのは症状の名前や原因だったのに、全くそのことに触れられない。また、なぜ胃薬なのかの説明もなかった。どことなくぼんやりとして対応にモヤモヤとした思いを残しつつ、僕はそそくさとその病院をあとにした。

どうやらハズレを引いてしまったようだ。

僕は家に到着するなり病院を変えることにした。そういう決断は早いのだ。さっきの病院に電話して紹介状を書いてもらい、その日の午後急ぎ別の病院へと向かった。

そこの病院はどこか空気が澄んでいて、清潔な印象を覚えた。受付の対応もてきぱきとしていて安心することができた。
間もなく呼ばれた診察室にはどこか哲学者然とした風貌の先生が座っていた。
僕は椅子に座って患部を先生に見せると、またレントゲンを撮ることになった。
しばらくして出来上がってきたレントゲン写真を眺めながら先生は明快な調子で言った。

「テニス肘だね」
「テニス肘?」

先生はデスクに置いてあったメモ帳にボールペンで簡単な腕と骨を描いて、肘の先にポツポツとした印をつけていく。

「これね、カルシウムがここに残っちゃって痛みが出てくるの」
「カルシウム」
「そうそう」

僕はレントゲンと見比べさせてもらうと、確かに白い小さな粒粒が肘の骨の付近にみてとれた。
本来、骨の部分で固まるカルシウムが、なにかしらの理由で骨以外のところで固まってしまって、痛みが生じるというのだ。

なるほどね。僕はなんとなく納得することができた。

それから先生は嬉しそうな表情でこう言った。

「対処法は二つ。ひとつは注射を患部に刺す。これはすぐに治ります」
「痛いですか?」
「ものすごく痛いです」
「ものすごく・・・」
「もうひとつは薬で散らします。これは一週間くらいかかります」
「それでお願いします」
「オーケー、それでは薬を出しておきます」
「あの、前の病院だと胃薬出されたんですけれど」
「うん、そうだね」
「それで治るんですか?」
「そういう成分が入ってるんだ」
「そうなんですか・・・」
(あの医者なんでそのこと言わなかったんだ?)

それからテニス肘は思ったより早く三日くらいで回復した。僕としては痛みがすぐにひいていったのでとても助かった。それに医者にはこちらが言わない限り何も言わないタイプがいるということ、故に自分のわからないことはどんどん聞いた方がいいということを学んだ。診察代はいたい出費だったが社会を学ぶ授業料だと思うことにした。安穏と生きていると思わぬところに落とし穴が開いている時がある。

*胃薬は病院で処方されたものです。腕が痛い人はまず病院に行って診断されてください。

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